銅像情報共有掲示板

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東京都大田区の銅像 林 久治

2020/01/18 (Sat) 08:58:10

団長様
1月3日の投稿の続きで、大田区の銅像をもう1体投稿します。
⑦徳富蘇峰像
設置場所:東京都大田区山王蘇峰公園・山王草堂記念館の前庭
制作時期:1958年11月(初代像は1928年5月15日建立)
制作者:高村泰正
設置経緯:徳富蘇峰(1863〜1957) は熊本県出身。明治から昭和期にかけて活躍したジャーナリスト、評論家。1885年にキリスト教受洗。1887年に日本最初の総合雑誌「国民之友」を主宰・創刊。1890年に「国民新聞」を発刊。当初は平民主義を主張したが、後に皇室中心の国家主義思想家として活動。作家の徳富蘆花(1868-1927)は実弟。
高村泰正の略歴:1908年愛知県生まれ。彫刻家を志して高村光雲らに師事。仏像や肖像、裸像など幅広い制作活動を展開。各種展覧会で入選を果たし、作品が皇室に買い上げられるなど、精力的に活躍した。故郷の英雄・徳川家康公没後350 年祭を記念して1965年に製作された家康像(愛知・岡崎公園)は氏の代表作としてよく知られている。

東京大学の銅像 林 久治

2020/01/14 (Tue) 08:16:48

団長様
日本の銅像ギャラリー欄の編集作業は大変ご苦労様です。
本日、東大の銅像が掲載されているのを拝見しました。
台東区(東京大学)と分類されていましたが、文京区(東京大学)とご訂正下さい。

東京都文京区(東大)の銅像 林 久治

2020/01/12 (Sun) 12:05:38

団長様
文京区(東大)の銅像を2体投稿します。
➀エルヴィン・ベルツ像
設置場所:東京大学医学部図書館1階閲覧室
制作時期、制作者:不明
寄贈時期:1962年
設置経緯:Erwin von Bälz (1849-1913)は東大医学部のドイツ人教師で、1876年に来日して、1905年に帰国しました。もう1体の立派なベルツ像が東大御殿下グラウンド南側にあります。本像は、ベルツ先生晩年の像で、先生の生地BIETIGHEIMの市長マイ氏より日本国際医学協会・石橋長英博士を通じ東京大学に寄贈されました。

Re: 東京都文京区(東大)の銅像 林 久治

2020/01/12 (Sun) 12:07:40

②島薗順次郎像
設置場所:東京大学医学部図書館1階閲覧室
制作時期:1936年11月(還暦祝)
制作者:赤塚秀雄(1894-1988)は東京帝大卒の医師で彫刻家。
設置経緯:島薗順次郎(1877-1937)は和歌山県出身で東大医学部第一内科教授。島薗先生は森鴎外の脚気病原体説に対抗して、「脚気はビタミンB1 の欠乏症である」と学説を証明したことで有名。女子栄養大学を創設した香川夫妻は島薗先生の弟子。

東京都大田区の銅像 林 久治

2020/01/03 (Fri) 11:27:07

団長様
昨年は大変お世話になりました。貴サイトの再編集作業は順調のようで、ご苦労様でした。本年もよろしくお願いいたします。本日は、東京都大田区の銅像を6体投稿します。
➀日蓮聖人像
池上本門寺の日蓮像は有名ですが、洗足池そばの妙福寺にも日蓮像があります。本像の概要は以下の通りです。
設置場所:大田区南千束(洗足池そば)妙福寺
建立時期:1979年10月18日
制作者:老子製作所
寄進者:牧野らく(千葉県山武郡九十九里町)
設置経緯:日蓮聖人の晩年(1282年)、聖人は体調が思わしくなく常陸の国に湯治に行かれる途中、池上宗仲邸に訪問する直前に、ここ洗足池に立ち寄られたそうです。 近くの松に袈裟を掛け、池で足を洗われたという逸話があります。牧野らく女史は、若い頃から日蓮宗の信徒として活動され、この御松庵にご縁があったそうです。七百年遠忌を目標に日蓮聖人像を当地に建立することを計画してきたが、91才にしてやっと、念願を達成したそうです。

Re: 東京都大田区の銅像 林 久治 URL

2020/01/11 (Sat) 08:39:04

団長様
貴サイトのトラブルで、ご苦労様でした
日蓮聖人像、池月像、および磨墨像の探索記を書きましたので、そのURLをお知らせします。
URL:

http://masaniwa.web.fc2.com/RW-113.pdf

Re: 東京都大田区の銅像 林 久治 URL

2020/01/06 (Mon) 08:37:40

団長様
池上幸健胸像、弘法大師修行像、および覚鑁座像の探索記を書きましたので、そのURLをお知らせします。なお、池上幸健胸像は東京都の指名手配欄から削除をお願いします。また、私が昨年投稿いたしました喜田貞吉像(小松島市櫛渕八幡神社)も徳島県の指名手配欄に残っておりますので、こちらの削除もお願いします。
URL:
http://masaniwa.web.fc2.com/RW-112.pdf

Re: 東京都大田区の銅像 林 久治

2020/01/03 (Fri) 11:39:51

⑥池月像
設置場所:大田区南千束2-23-10千束八幡神社
建立時期:1997年10月
馬像原型制作者:佐々木憲章
寄進者:洗足風致協会
設置経緯:池月(いけづき)は平安時代末期の名馬。当時、この一帯は馬の産地であった。1180年、源頼朝が石橋山の合戦に敗れて後、再起して鎌倉へ向かう途中ここ千束郷の大池(今の洗足池)の近く八幡丸の丘に宿営して近隣の味方の参加を待った。或る月明の夜に何処からか一頭の駿馬が陣営に現われ、そのいななく声は天地を震わすほどであった。家来達がこれを捕えて頼朝に献上した。1184年の宇治川合戦で、池月に乗った佐々木四郎高綱と磨墨に乗った梶原源太景季とが先陣を競い、遂に池月が一番乗りの栄誉に輝いたことは有名。

Re: 東京都大田区の銅像 林 久治

2020/01/03 (Fri) 11:37:23

➄磨墨像
設置場所:大田区南馬込1-49-1萬福寺
建立時期:1986年、制作者:不明
建立者:萬福寺護持会
設置経緯:磨墨(するすみ)は平安時代末期の名馬。当時、ここ馬込は馬の産地であった。磨墨は当地生まれとか、当地で亡くなったとかの言伝えがある。1184年の宇治川合戦で、池月に乗った佐々木四郎高綱と磨墨に乗った梶原源太景季とが先陣を競い、遂に池月が一番乗りの栄誉に輝いたことは有名。本像は、萬福寺創建八百年を記念して供養のため梶原家ゆかりの当寺に建立。当寺は、1192年に梶原景時(景季の父)が建立したのが始まり。

Re: 東京都大田区の銅像 林 久治

2020/01/03 (Fri) 11:35:16

④覚鑁座像
設置場所:大田区田園調布本町35-8東光院
建立時期:1992年9月15日
制作者:不明
寄進者:信徒21人の名前あり
設置経緯:覚鑁上人(かくばん、1095-1144年)は、真言宗中興の祖で、興教大師として尊敬されている。本像は御遠忌850年記念で建立。

Re: 東京都大田区の銅像 林 久治

2020/01/03 (Fri) 11:32:05

③弘法大師像
設置場所:大田区田園調布本町35-8東光院
建立時期:1973年6月15日
制作者:不明
設置経緯:東光院は真言宗智山派の寺院で、本像は修行大師像で、大師生誕(774年)の1200年を記念して建立。

Re: 東京都大田区の銅像 林 久治

2020/01/03 (Fri) 11:30:33

②池上幸健胸像
本像は指名手配銅像です。
設置場所:大田区池上・大坊本行寺
建立時期・制作者:不明
設置経緯:日蓮聖人の晩年(1282年)、体調が思わしくなく常陸の国に湯治に行かれる途中、ここ池上宗仲邸で入滅した。弘安5年(1282年)10月13日、享年61歳でした。宗仲は、館に本門寺を創建しました。本行寺は本門寺の大坊で、ここに聖人が入滅された室があります。幸健氏(1877-?)は池上家の30代当主で、1908年東京帝大農科大学獣医科を卒業して警視庁検査技師となる。1936年に「畜犬行政の明朗化に就て」と題する論文を発表。1944年には「池上新田開発略史」と題する本を発行。

日本の銅像探偵団のサイトが閲覧できない理由 ヒロ団長

2020/01/08 (Wed) 00:35:35

皆さま、こんばんわ。
またやらかしてしまいました・・・。

新サイトのサーバーの更新処理を怠ってしまっており、現在 銅像探偵団のサイトが閲覧できない状況になっております。

確認中ですが、銅像探偵団のドメイン(URL)が再取得できなくなる可能性もあります。

掲示板に直接辿り着けない方達がいたら迷子になってしまうかもしれず非常に申し訳ないです。

新サイトへの移設、掲示板の移設に続き、新サイトのレンタルサーバーの更新処理漏れで 銅像探偵団をご利用の方にはご迷惑をかけ続けてしまっており申し訳ございません。


サイトの再復旧まで今しばらくお待ちください。

Re: 日本の銅像探偵団のサイトが閲覧できない理由 - ヒロ団長

2020/01/08 (Wed) 21:05:27

続報です。

サーバーのサポートセンターと連絡を取りまして
どうにかURL変更なしでサイトは復旧できそうです。

手続きなどの関係で、サイトの復旧はもう少しお待ちください。

ご迷惑をお掛けして申し訳ございません、

群馬県の銅像/小柏朝光 飯坂陽治

2020/01/04 (Sat) 16:54:22

場所:高崎市石原町 2401 観音山・清水寺裏
設置:1952年(昭和27年)

  小柏朝光(1890~1961)は群馬県甘楽郡の生まれで、昭和15年に高崎板紙の二代目社長を継ぎ、戦災による復旧に尽力し、東証一部への上場を果たし社名を高崎製紙に改称しました。現在高崎製紙は王子製紙の子会社となっています。

群馬県の銅像/黒沢丈夫 飯坂陽治

2020/01/04 (Sat) 17:00:07

    (群馬県の指名手配銅像のひとり)
場所:多野郡上野村川和 11 上野村役場入口

  黒沢丈夫(1913~2011)は上野村出身の大日本帝国海軍士官・操縦士。戦後、上野村村長を10期連続で務めた方で、日本航空123便墜落事故の際に事故処理に尽力したことで知られています。

群馬県の銅像/矢島八郎 飯坂陽治

2020/01/04 (Sat) 16:57:27

    (群馬県の指名手配銅像のひとり)
場所:高崎市石原町 2401 観音山・清水寺裏
設置:1930年(昭和 5年)/1954年(昭和29年)再建

  矢島八郎(1850~1921)は上野国(現群馬県)出身の政治家。 群馬県高崎を中心に運輸業を営み、高崎―東京間の郵便馬車を走らせ、高崎駅用地の寄付等行う。群馬県議員、初代高崎町長、初代高崎市長、衆院議員(憲政会)を勤められた方です。

文京区・東大農学部の銅像(その1) 林 久治

2019/12/25 (Wed) 17:34:56

団長様
東大農学部の銅像を6体(➀-⑥)投稿します。年末でご多忙とは存じますが、よろしくお願いいたします。前半の3体(➀-③)は、「銅像ハンターtaguttiの銅像ハンティング記」のブログには収録されておりませんが、後半の3体(④-⑥)は収録されています。
➀松井直吉像
設置場所:東京都文京区弥生1丁目・東京大学農学部3号館1階ロビー奥
制作時期:1914年
制作者:新海竹太郎(1868-1927)
設置経緯:松井直吉(1857-1911)は東大理学部化学科教授、農科大学学長。大垣藩士の子として、大垣に生まれる。大学南校に学んだあと、1875年に文部省第一回留学生として渡米、コロンビア大学鉱山学科に学ぶ。1880年に帰国し、理学部化学科教授となる。1890年の農科大学発足に際して学長となった。

Re: 文京区・東大農学部の銅像(その1) - tagutti(たぐってぃ)

2020/01/01 (Wed) 21:01:34

たぶんそうです。


もう一つ見つけました!「博士の肖像」という「東京大学所蔵肖像画・肖像彫刻」の一覧です。URLは下記に…
http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DPastExh/Publish_db/1998Portrait/03/03200.html#sentou

Re: 文京区・東大農学部の銅像(その1) - ヒロ団長

2019/12/31 (Tue) 10:11:04

林さん>
東大の銅像ありがとうございます。
新しい掲示板の投稿前にチェック機能を気に入っていただきよかったです。
 若干、前回の掲示板との違いがあり、使い慣れていた機能がないので徐々に慣れて行ければと思います。
 少しだけカスタマイズできそうなので少し修正するかもしれません。
 不都合あれがご意見ください。

たぐってぃさん>
東大の銅像紹介ページとはこれでしょうか?

https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/t_z0508_00093.html

Re: 文京区・東大農学部の銅像(その1) 林 久治 URL

2019/12/28 (Sat) 12:11:15

団長様、tagutti(たぐってぃ)様
東大農学部の銅像探索記を書きましたので、そのURLをお知らせします。
団長様には、「日本の銅像ギャラリー」の編集作業はご苦労様です。「日本全国の銅像を網羅するデータベースの礎となる」貴重な資料ですので、よろしくお願いいたします。なお、新しい掲示板は、投稿前にチェック機能があるので、大変便利です。
tagutti(たぐってぃ)様には、私の投稿にご意見を頂き、誠に有難う御座いました。私は建物のロビーまでは侵入して銅像探索を行っております。勿論、そこに受付や守衛所があれば、そこで撮影許可をお願いしております。
URL:
http://masaniwa.web.fc2.com/RW-111.pdf

Re: 文京区・東大農学部の銅像(その1) - tagutti(たぐってぃ)

2019/12/27 (Fri) 22:52:40

林様、私のブログを読んでいただきありがとうございます。
さすがに校舎内は入れません。
東大はたしか、HP内に校内にある銅像のリストがあったような気がします。

Re: 文京区・東大農学部の銅像(その1) 林 久治

2019/12/25 (Wed) 17:44:50

③古在由直像(館内は撮影禁止のため、館外から撮影)
設置場所:東京都文京区弥生1丁目・東京大学農学部農学生命科学図書館1階入口
制作時期:不明
制作者:不明(立像で高さは約50cm)
設置経緯:古在 由直(こざい よしなお、1864-1934年)は山城国京都千本通二条上る(現・京都市中京区)の生まれの農芸化学者。1886年、駒場農学校(東京大学農学部の前身)農芸化学科を卒業し、ケルネルの助手を務める。1889年、同校教授に就任。1920年に東京帝国大学総長、関東大震災後の東大復興に尽力。土壌、肥料、発酵化学の業績のほか、足尾銅山の鉱毒が銅であることを立証したことで知られる。

Re: 文京区・東大農学部の銅像(その1) 林 久治

2019/12/25 (Wed) 17:42:02

②ケルネル像
設置場所:東京都文京区弥生1丁目・東京大学農学部3号館1階ロビー手前
制作時期:1914年
制作者:朝倉文夫(1883-1964)
設置経緯:オスカル・ケルネル、Oskar Kellner(1851-1911)は駒場農学校、東京農林学校、農科大学のドイツ人教師。イギリス人教師キンチ(E. Kinch)の後任として1881年に来日し、農芸化学を教えた。日本に永住するつもりだったが、メッケルン農事試験場長に就任せよというドイツからの強い要請により、1892年に帰国した。名誉教師の称号を与えられた。

東京・台東区(東京芸大)の銅像/橋本雅邦 飯坂陽治

2020/01/01 (Wed) 01:20:34

 (旧ギャラリー掲載済ですが、サイトの移設に際し、ヒロ団長の要望で東京・台東区の東京芸術大学関係の銅像24体をまとめて掲載いたします。)
場所:台東区上野公園11 東京芸術大学美術学部
彫刻:白井雨山
設置:1913年(大正 2年)
  橋本雅邦(1835~1908)は江戸生まれの日本画家。 狩野雅信に日本画を学び、後に
フェノロサと岡倉天心に出会って、狩野芳崖と共に鑑画会を設立し、狩野派に洋画風の表現を加味し、近代日本画の礎を築き、「近代日本画の祖」と言われた。東京美術学校教授を勤め、その後岡倉天心らと日本美術院を創立した方です。

東京・台東区(東京芸大)の銅像/白井雨山 飯坂陽治

2020/01/01 (Wed) 02:20:07

   (旧ギャラリー掲載済)
場所:台東区上野公園11 東京芸術大学美術学部
彫刻:建畠大夢
設置:1929年(昭和 4年)
  白井雨山(1864~1928)は現・愛媛県の出身で日本画・西洋画を学び、東京美術学校(現東京芸大)彫刻科に入学、その後母校東京美術学校の助教授となり、彫塑科を新設してその発展につとめた。ドイツ・フランス留学帰国後、教授となり、文人画にも優れた方です。

東京・台東区(東京芸大)の銅像/久米桂一郎 飯坂陽治

2020/01/01 (Wed) 02:17:28

   (旧ギャラリー掲載済)
場所:台東区上野公園11 東京芸術大学美術学部
彫刻:北村西望
設置:1936年(昭和11年)
  久米桂一郎(1866~1934)は現・佐賀県出身の洋画家。 渡仏してR.コランに師事、黒田清輝と知りあい、帰国後黒田と共に天真道場を開設。また白馬会を創立、さらに東京美術学校教授となるなど、美術行政家、教育家として活躍。堅実な描写力と明るい外光派風の表現は明治後半期の日本洋画に大きな影響を与えた方です。

東京・台東区(東京芸大)の銅像/藤島武二 飯坂陽治

2020/01/01 (Wed) 02:15:27

   (旧ギャラリー掲載済:掲示板No.2236/2010.10.09)
場所:台東区上野公園11 東京芸術大学美術学部
彫刻:本郷 新
設置:1958年(昭和31年)
  藤島武二(1867~1043)は鹿児島出身の洋画家で、日本的な情感を込めた日本的油絵の境地を開拓し、明治から昭和初期に活躍された方です。また、昭和12年最初の文化勲章受章者の一人です。

東京・台東区(東京芸大)の銅像/安井曽太郎 飯坂陽治

2020/01/01 (Wed) 02:13:27

   (旧ギャラリー掲載済:掲示板No.2237/2010.10.09)
場所:台東区上野公園11 東京芸術大学美術学部
彫刻:石井鶴三
設置:1960年(昭和35年)
  安井曽太郎(1888~1955)は京都出身の洋画家で、丹念な写生を根底に置く明るい日本的油絵様式を完成し、風景・静物のほか肖像画に傑作を残した、大正から昭和に活躍された方です。昭和27年に文化勲章授章しました。

東京・台東区(東京芸大)の銅像/寺崎広業 飯坂陽治

2020/01/01 (Wed) 02:11:18

   (旧ギャラリー掲載済:掲示板No.2238/2010.10.09)
場所:台東区上野公園11 東京芸術大学美術学部
彫刻:内藤 伸
設置:1937年(昭和12年)
  寺崎広業(1866~1919)は秋田出身の日本画家で、狩野派、四条派、南画を学び、諸派の画法を取り入れて独自の平明な作風を築いて、明治~大正期に活躍された方です。東京美術学校教授、帝室技芸員、文展審査員に任じられ、東都画壇に重きをなしました。

東京・台東区(東京芸大)の銅像/川端玉章 飯坂陽治

2020/01/01 (Wed) 02:09:16

   (旧ギャラリー掲載済:掲示板No.2239/2010.10.09)
場所:台東区上野公園11 東京芸術大学美術学部
彫刻:武石弘三郎
設置:1911年(明治44年)
  川端玉章(1842~1913)は京都生まれの蒔絵師の子で、明治期、精緻な山水・花鳥画を得意とした日本画家として活躍された方です。東京美術学校教授を務め,川端画学校を設立して後進の育成にも努めておられます。

東京・台東区(東京芸大)の銅像/白山松哉(しょうさい) 飯坂陽治

2020/01/01 (Wed) 02:06:43

   (旧ギャラリー掲載済)
場所:台東区上野公園12 東京芸術大学音楽学部
彫刻:水谷鉄也
設置:1929年(昭和 4年)
  白山松哉(1853~1923)は江戸の出身で、明治-大正時代の漆芸家。 蒔絵(まきえ)を小林好山に、彫漆(ちょうしつ)・螺鈿(らでん)を蒲生盛和に学んだ。東京美術学校(現東京芸大)教授で、伝統様式を踏襲した精細な蒔絵を得意とした方です。

東京・台東区(東京芸大)の銅像/高村光雲 飯坂陽治

2020/01/01 (Wed) 02:04:29

   (旧ギャラリー掲載済)
場所:台東区上野公園11 東京芸術大学美術学部
彫刻:高村光太郎
設置:1935年(昭和10年)
  高村光雲(1852~1934)は江戸生れの彫刻家。 仏師高村東雲に師事し、木彫の伝統技法に写実的表現を加え、伝統技法の新たな展開をはかった近代日本彫刻の最初の一人で、第1回内国勧業博で代表作「白衣観音」が最高賞を受賞。東京美術学校木彫科教授を勤め、上野公園の「西郷隆盛像」は特に有名です。

東京・台東区(東京芸大)の銅像/石川光明(こうめい) 飯坂陽治

2020/01/01 (Wed) 01:59:43

   (旧ギャラリー掲載済)
場所:台東区上野公園11 東京芸術大学美術学部
彫刻:朝倉文夫
設置:1917年(大正 6年)
  石川光明(1852~1913)は江戸浅草に生まれの明治時代の彫刻家。狩野寿信に日本画を、菊川正光に牙彫(げちょう)を学ぶ。牙彫「魚籃観音像」は内国勧業博覧会で受賞し、各種美術展でも作品は高い評価を得、東京彫工会の中心的な存在として近代彫刻の発展に尽力した。帝室技芸員、東京美術学校(東京芸大)教授などを歴任しています。

東京・台東区(東京芸大)の銅像/竹内久一 飯坂陽治

2020/01/01 (Wed) 01:57:45

   (旧ギャラリー掲載済)
場所:台東区上野公園11 東京芸術大学美術学部
彫刻:沼田一雅
設置:1930年(昭和 5年)
  竹内久一(1857~1916)は江戸生まれの彫刻家。 初め象牙彫刻を学び、奈良見物のおり古仏像に感銘、木彫の再興を志して正倉院御物や社寺の古美術を研究、模作した。シカゴ万国博覧会に出品した『伎芸天像』は木彫着色に優れ、高村光雲・石川光明と共に明治初期三大彫刻家の一人に数えられた。東京美術学校彫刻科初代教授を務めた方です。

東京・台東区(東京芸大)の銅像/バルザック 飯坂陽治

2020/01/01 (Wed) 01:55:35

   (旧ギャラリー掲載済)
場所:台東区上野公園11 東京芸術大学美術学部
彫刻:ロダン
設置:1971年(昭和46年)
  バルザック(Honore de Balzac:1799~1850)はフランスの小説家で、近代リアリズム小説の代表といえる人。代表作は「人間喜劇」。近代彫刻の父と言われるロダンの作品として東京芸大に設置されているのでしょう。

東京・台東区(東京芸大)の銅像/海野勝珉(しょうみん) 飯坂陽治

2020/01/01 (Wed) 01:53:21

   (旧ギャラリー掲載済)
場所:台東区上野公園12 東京芸術大学音楽学部
彫刻:海野美盛
設置:1919年(大正8年)
  海野勝珉(1844~1915)は水戸出身の彫金家。 水戸の金工萩谷勝平に師事し,次いで安達梅渓に書画を学び、東京に移住して諸派の彫技を研究し勝珉と号した。特に象眼,肉彫,片切彫に長じ,金属の諸色を配した華やかな彫金の味を出した。東京美術学校教授,帝室技芸員となり明治の工芸界を指導した方です。

東京・台東区(東京芸大)の銅像/香取秀真(ほつま) 飯坂陽治

2020/01/01 (Wed) 01:51:04

   (旧ギャラリー掲載済)
場所:台東区上野公園12 東京芸術大学音楽学部
彫刻:平櫛田中・菅原安男
設置:1955年(昭和30年)
  香取秀真(1874~1954)は千葉県出身の鋳金工芸作家・歌人。 金工史を確立し、日本における美術の工芸家として初の文化勲章を受章した。東京美術学校(現・東京藝術大学)教授、帝室博物館(現・東京国立博物館)技芸員、国宝保存会常務委員、文化財審議会専門委員などを歴任されています。

東京・台東区(東京芸大)の銅像/津田信夫(しのぶ) 飯坂陽治

2020/01/01 (Wed) 01:48:58

   (旧ギャラリー掲載済)
場所:台東区上野公園12 東京芸術大学音楽学部
彫刻:沼田一雅
設置:1947年(昭和22年)
  津田信夫(1875~1946)は千葉県の出身で、明治-昭和時代前期の鋳金家。東京美術学校(現東京芸大)を卒業し、1919年に同校教授、1923年ヨーロッパに留学した。
東京日本橋の鋳造装飾獅子・麒麟、国会議事堂貴賓室扉装飾などを制作した方です。

東京・台東区(東京芸大)の銅像/加納夏雄 飯坂陽治

2020/01/01 (Wed) 01:46:18

   (旧ギャラリー掲載済)
場所:台東区上野公園11 東京芸術大学美術学部
彫刻:米原雲海
設置:1910年(明治43年)
  加納夏雄(1828~1898)は京都の出身で、大月派の金工池田孝寿に入門、また中島来章に絵を学んだ。のち上京して独自の作風を築き、宮内省御用掛、東京美術学校教授、帝室技芸員となった。また造幣少技監として、新貨幣の雛型製作にも従事。片切彫が得意で、写実的な日本画のやわらかい筆跡をそのまま金属の上に鏨で表現した方です。

東京・台東区(東京芸大)の銅像/伊沢修二 飯坂陽治

2020/01/01 (Wed) 01:43:37

   (旧ギャラリー掲載済)
場所:台東区上野公園12 東京芸術大学音楽学部
彫刻:長谷川義起
設置:1930年(昭和 5年)
  伊沢修二(1851~1917)は信州高遠藩士の子で明治時代の日本の教育者、文部官僚。
大学南校に学び,米国留学後,東京音楽学校(現,東京芸術大学),東京盲唖学校,東京高師(のち東京教育大学)等の校長を歴任し、特に近代日本の音楽教育、吃音矯正の第一人者と言われている方です。

東京・台東区(東京芸大)の銅像/小山作之助 飯坂陽治

2020/01/01 (Wed) 01:41:12

   (旧ギャラリー掲載済)
場所:台東区上野公園12 東京芸術大学音楽学部
彫刻:長谷川義起
設置:1929年(昭和 4年)
  小山作之助(1864~1927)は現・新潟県上越市の出身で、明治-大正時代の音楽教育家。 文部省音楽取調掛を卒業し,明治30年後身の東京音楽学校(現東京芸大)教授。「夏は来ぬ」「敵は幾万」など唱歌,軍歌を多く作曲した方で、日本教育音楽協会会長を勤められました。

東京・台東区(東京芸大)の銅像/ショパン 飯坂陽治

2020/01/01 (Wed) 01:38:56

   (旧ギャラリー掲載済:掲示板No.2235/2010.10.09)
場所:台東区上野公園12 東京芸術大学音楽学部
設置:2010年(平成22年)
  フレデリック・ショパン(1810~1849)はポーランド出身の音楽家(ピアニスト・作曲家)で、ピアノの詩人と呼ばれています。

東京・台東区(東京芸大)の銅像/ベートーベン 飯坂陽治

2020/01/01 (Wed) 01:36:30

   (旧ギャラリー掲載済)
場所:台東区上野公園12 東京芸術大学音楽学部
彫刻:保田龍門
設置:1938年(昭和13年)
  ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーベン(Ludwig van Beethoven:1770~1827)はドイツの作曲家・ピアニストで、日本では「楽聖」と呼ばれ、後世の音楽家に多大の影響を与えた方です。交響曲の英雄・運命・田園のほか年末に歌われる第九の喜びの歌は特に有名ですね。

東京・台東区(東京芸大)の銅像/岡倉天心 飯坂陽治

2020/01/01 (Wed) 01:33:53

   (旧ギャラリー掲載済)
場所:台東区上野公園11 東京芸術大学美術学部
彫刻:平櫛田中
設置:1931年(昭和 6年)
  岡倉天心(1863~1913)は横浜生まれの美術評論家・思想家。 フェノロサに師事。東京美術学校開設に尽力して、のち校長となる。日本美術院を創立し、明治日本画家の指導者として活躍。その後ボストン美術館中国日本美術部長。英文著書による日本文化の紹介者としても知られています。

東京・台東区(東京芸大)の銅像/大村西崖(せいがい) 飯坂陽治

2020/01/01 (Wed) 01:31:04

   (旧ギャラリー掲載済:掲示板No.1120・びがろうさん/2009.05.19)
場所:台東区上野公園11 東京芸術大学美術学部
彫刻:朝倉文夫
設置:1928年(昭和 3年)
  大村西崖(1868~1927)は現・静岡県富士市生まれで明治-大正時代の美術史家・美術評論家。 明治35年には母校東京美術学校(現東京芸大)の教授となり東洋美術史を教えた。「密教発達志」は学士院賞を受け、著作はほかに「東洋美術大観」「支那美術史彫塑篇」などがあります。

東京・台東区(東京芸大)の銅像/白浜 徴(あきら) 飯坂陽治

2020/01/01 (Wed) 01:27:42

   (旧ギャラリー掲載済:掲示板No.1121・びがろうさん/2009.05.19)
場所:台東区上野公園12 東京芸術大学音楽学部
彫刻:水谷鉄也
設置:1931年(昭和 6年)
  白浜 徴(1866~1928)は現・長崎県の出身で明治-昭和時代前期の教育者。 図画研究のため欧米に留学し、帰国後、東京高等師範学校、日本女子大学、母校の東京美術学校(現・東京芸術大学)教授を歴任し、小・中学校の図画教科書を編纂するなど美術教育の発展に貢献した方です。

東京・台東区(東京芸大)の陶像/正木直彦 飯坂陽治

2020/01/01 (Wed) 01:24:23

   (旧ギャラリー掲載済:掲示板No.2312/2010.11.23)
場所:台東区上野公園11 東京芸術大学美術学部
彫刻:沼田一雅
設置:1936年(昭和11年)
  正木直彦(1862~1940)は大阪出身の美術行政家で、東京美術学校長歴任後、帝国美術院長、美術研究所長となり美術行政に尽力された方です。また文部省美術展覧会(文展)の創設にも尽力されておられます。彫像は陶製ですが紹介しておきます。

新掲示板の使い方 - ヒロ団長

2019/12/31 (Tue) 10:28:09

旧掲示板のサービス終了に伴い新掲示板に移行しまいしたが、使い慣れていた機能との若干の差分があるため、戸惑うこともあるかと思いますが、よろしくお願いします。

2点ほど 従来掲示板との違いを明記します

●連続投稿する場合
 一番最初に投稿した画像の下にある「返信」を押して、次の画像を投稿すると同じ内容で数珠繋がりで投稿できます。 
※添付の画像を参照

Re: 新掲示板の使い方 - ヒロ団長

2019/12/31 (Tue) 10:47:43

●新しいレスが上に表示される。
 連続投稿した場合に、一番最初の投稿の下の画像は、新しい画像から表示させるようにしました。
 →旧掲示板の場合は、古い画像から順番に表示されましたので、若干見方に違いがあります。

画像参照


※カスタマイズ可能なので、表示する順番に違和感ありましたらご意見ください。

ここまで書いて最初の投稿に対して順番に説明していきたい場合は、新たしい順番に表示する形式はそぐわない気がしてきましたが、ここの掲示板の使い方の大多数は、画像投稿がメインであるため、新しい順番に表示の形式が連続投稿する際に使い勝手よいため、そちらで進めて行こうと思います。

東京・文京区(東京大学)の銅像/ジョサイア・コンドル 飯坂陽治

2019/12/30 (Mon) 01:51:21

 (旧ギャラリー掲載済ですが、サイトの移設に際し、ヒロ団長の要望で東京・文京区の東京大学関係の銅像18体をまとめて掲載いたします。)
場所:文京区本郷7-3-1 東京大学工学部11号館
彫刻:新海竹太郎
設置:1922年(大正11年)
  ジョサイア・コンドル(Josiah Conder:1852~1920)はロンドン生まれで建築学を学び、1877年に来日。工部大学校(現・東京大学工学部)の造家学科教師として建築教育に従事しつつ、上野博物館、鹿鳴館、東京大学法文科校舎などを設計した。辰野金吾ほか創成期の日本人建築家を育成し、明治以降の日本建築界の基礎を築いた方です。

Re: 東京・文京区(東京大学)の銅像/ジョサイア・コンドル - ヒロ団長

2019/12/31 (Tue) 10:12:35

飯坂さん>
東大の銅像 投稿ありがとうございます。
旧サイトで掲載していた画像の画質が悪いものもあったため、改めて投稿はありがたいです。

便宜上、このスレッドに画像をまとめさせていただきました。

Re: 東京・文京区(東京大学)の銅像/ヨハネス・L・ヤンソン 飯坂陽治

2019/12/31 (Tue) 10:01:05

 (旧ギャラリー掲載済:掲示板 No.4086/2015.03.24)
場所:文京区本郷7-3-1 東京大学農学部動物医療センター
彫刻:大熊氏廣
設置:1902年(明治35年)
  ヨハネス・ルードヴィッヒ・ヤンソン(Johanes Ludwig Janson/1849~1914)はベルリンで獣医学、解剖学、生理学等を学び、獣医学の外国人教師として来日。現在の動物医療センターの前身の家畜病院で、近隣の動物の診療活動の実践を通して獣医臨床学の実地教育に多大の貢献をされた方です。

Re: 東京・文京区(東京大学)の銅像/上野英三郎 飯坂陽治

2019/12/31 (Tue) 10:00:02

(旧ギャラリー未掲載:掲示板 No.4461・HARUKOさん/2016.06.08)
場所:文京区弥生1-1-1 東京大学農学部農学資料館
彫刻:北村西望
設置:1930年(昭和5年)
  先日のオフ会で墨さんからハチ公の先生、上野博士はとても功績があったことを聞きました。上野博士とハチ公像の近くにある資料館でハチ公の臓器や上野博士の銅像を見ました。この像もまだギャラリーにないので投稿します

Re: 東京・文京区(東京大学)の銅像/上野英三郎とハチ公 飯坂陽治

2019/12/31 (Tue) 09:59:12

 (旧ギャラリー掲載済:掲示板 No.4085/2015.03.24)
場所:文京区本郷7-3-1 東京大学農学部
彫刻:植田 努
設置:2015年(平成27年)
  上野英三郎氏(1872~1925)は現在の三重県津市の出身で、日本の農業土木、農業工学の創始者です。東京帝国大学農科大学校で農業土木の研究を進める傍ら、農商務省の技師として耕地整理技術者の養成に尽くされ、関東大震災の復興に大きな貢献をされた方です。秋田犬のハチ公は上野博士の愛犬で、上野博士が亡くなった後も10年近く渋谷駅で主人の帰りを待ち続けた由。

Re: 東京・文京区(東京大学)の銅像/濱尾 新 飯坂陽治

2019/12/31 (Tue) 09:57:57

(旧ギャラリー掲載済)
場所:文京区本郷7-3-1 東京大学法文2号館前
彫刻:堀 進二
設置:1932年(昭和7年)
  濱尾新(1849~1925)は但馬・豊岡藩士の子で、明治・大正期の教育家、教育行政家、政治家。 英仏学を修め、文部省に出仕し、ヨーロッパへ留学。東京大学創立時より法理文3学部の副綜理に、次いで帝国大学総長となり、初期の東大運営に尽力された方です。その後文部大臣や枢密院議長などを歴任されておられます。

Re: 東京・文京区(東京大学)の銅像/ユリウス・スクリバ 飯坂陽治

2019/12/31 (Tue) 09:57:03

 (旧ギャラリー掲載済)
場所:文京区本郷7-3-1 東京大学七徳堂前
彫刻:長沼守敬
  ユリウス・スクリバ(Julius Karl Scriba:1848~1905)はハイデルク大学を卒業したドイツ人外科医。 明治政府からの招きで来日し、東京帝国大学で外科、皮膚科、眼科、婦人科を教え、日本の医学教育に貢献した方です。東大退職後は聖路加病院外科主任を勤め、また植物学にも造詣が深く、日本語で名前を書く時は「須栗場」と書かれた由。

Re: 東京・文京区(東京大学)の銅像/エルヴィン・ベルツ 飯坂陽治

2019/12/31 (Tue) 09:56:25

 (旧ギャラリー掲載済)
場所:文京区本郷7-3-1 東京大学七徳堂前
彫刻:長沼守敬
設置:1907年(明治40年)
  エルヴィン・ベルツ(Erwin von Baelz:1849~1913)はライプツィヒ大学医学部を卒業したドイツ人医師。 明治政府に招かれ、東京医学校(現・東大医学部)で生理学・薬物学を教え、東京大学医学部発足と共に内科学、産婦人科学を担当、27年にわたって医学を教え、日本の医学界の発展に尽くされた方です。東大退官後は宮内庁侍医を勤められました。

Re: 東京・文京区(東京大学)の銅像/佐藤三吉 飯坂陽治

2019/12/31 (Tue) 09:55:42

 (旧ギャラリー掲載済)
場所:文京区本郷7-3-1 東京大学付属病院
彫刻:水谷鉄也
設置:1914年(大正3年)
  佐藤三吉(1857~1943)は美濃大垣藩士の子で、東京大学医学部を卒業後ドイツ・ベルリン大学に留学。帰国後は東大の教授となり、講座制になってからは外科学第二講座を担当、医科大学付属医院院長や医科大学学長を歴任した。また、初代日本外科学会会長にも就任しています。

Re: 東京・文京区(東京大学)の銅像/青山胤通 飯坂陽治

2019/12/31 (Tue) 09:54:39

 (旧ギャラリー掲載済)
場所:文京区本郷7-3-1 東京大学付属病院
彫刻:新海竹太郎
設置:1920年(大正9年)
  青山胤通(1859~1917)は美濃苗木藩士の子で、東京大学医学部を卒業、ベルツの推挙でドイツ・ベルリン大学に留学。帰国後は東大の教授となり、医科大学付属医院院長や医科大学学長を歴任し、日本の医学界の指導者として医学教育制度、医療制度の整備に尽力された方です。

Re: 東京・文京区(東京大学)の銅像/ヒポクラテス 飯坂陽治

2019/12/31 (Tue) 09:52:09

(旧ギャラリー掲載済)
場所:文京区本郷7-3-1 東京大学医学部
  ヒポクラテス(Hippocrates:BC460頃~BC370年頃)は古代ギリシャの医者で、医学を原始的な迷信や呪術から切り離し、臨床と観察を重んじる経験科学へと発展させ、西洋医学に大きな影響を与えたことから「医学の父」「医聖」と呼ばれています。

Re: 東京・文京区(東京大学)の銅像/隈川宗雄 飯坂陽治

2019/12/31 (Tue) 09:50:42

  (旧ギャラリー掲載済:掲示板 No.1119・びがろうさん/2009.05.19)
場所:文京区本郷7-3-1 東京大学医学部2号館
彫刻:朝倉文夫
  隈川宗雄(1858~1918)は福島藩の出身で、東大医学部を卒業後、ベルリン大学に留学し内科学を専攻、次いでウィルヒョウ研究所で医化学を研究した。帰国後は駒込病院医長を経て帝大医科大教授となり、医化学(現在の生化学・生理学)講座を担当した方で、1917年から医科大学長を勤められました。

Re: 東京・文京区(東京大学)の銅像/レオポルド・ミュレル 飯坂陽治

2019/12/31 (Tue) 09:49:24

(旧ギャラリー掲載済)
場所:文京区本郷7-3-1 東京大学薬学部
彫刻:藤田文蔵
設置:1895年(明治28年)
  レオポルド・ミュレル(Leopold Müller:1824~1893)はプロイセン王国・ドイツ帝国の陸軍軍医・外科医で、明治政府に招かれ来日。東京大学で解剖学・外科・婦人科・眼科の教育を担当し、3年間の任期で帰国したが、近代日本の医学教育制度を整備された方です。

Re: 東京・文京区(東京大学)の銅像/下山順一郎 飯坂陽治

2019/12/31 (Tue) 09:48:07

(旧ギャラリー掲載済)
場所:文京区本郷7-3-1 東京大学薬学部
彫刻:武石弘三郎
設置:1913年(大正2年)
  下山順一郎(1853~1912)は尾張・犬山藩士の子で、現・東大医学部の製薬学科で学び、ドイツのストラスブルク大学に留学。帰国後は帝大教授として生薬学講座を開設し、生薬学の基礎を確立した。また、私財を投じ東京・赤羽に研究者向けに大規模薬園を開設するなど薬学教育の発展に力を尽くされた方です。

Re: 東京・文京区(東京大学)の銅像/山川健次郎 飯坂陽治

2019/12/31 (Tue) 09:46:24

(旧ギャラリー掲載済)
場所:文京区本郷7-3-1 東京大学理学部1号館
設置:2006年(平成18年)
  山川健次郎(1854~1931)は会津藩士の子として生まれ、白虎隊の兵士としても戦ったが、後に黒田清輝の支援を得て国費でアメリカ留学に選抜され、イエール大学で物理学を学んだ。帰国後、東京帝国大学で物理学を教え、大学総長となり、学年学級制から科目制の採用などの教育改革や総長公選制の導入などを行った方です。

Re: 東京・文京区(東京大学)の銅像/エドワード・ダイヴァース 飯坂陽治

2019/12/31 (Tue) 09:45:20

  (旧ギャラリー掲載済:掲示板 No.1333・びがろうさん/2009.09.11)
場所:文京区本郷7-3-1 東京大学理学部7号館
彫刻:長沼守敬
設置:1900年(明治33年)
  エドワード・ダイヴァース(Edward Divers:1837~1912)は英国の化学者で、次亜硝酸塩の発見等の業績を持ち、1873年に工部省に招かれ、工部大学校(現・東京大学)で化学を教え、日本における化学の基礎を築いた方です。1984年には実験中の爆発事故で失明寸前となりましたが、ひるまず研究に打ち込む姿は学生に大きな影響を与えたとのことです。

Re: 東京・文京区(東京大学)の銅像/古市公威 飯坂陽治

2019/12/31 (Tue) 09:44:16

 (旧ギャラリー掲載済)
場所:文京区本郷7-3-1 東京大学工学部11号館
彫刻:堀 進二
設置:1937年(昭和12年)
  古市公威(1854~1934)は姫路藩士の子として江戸で生まれ、開成学校で学んだあと、文部省留学生としてパリ大学に留学。帰国後、内務局土木局技師として現場勤務する傍ら東京大学で土木学を教え、1986年には帝国大学創立と同時に工科大学土木工学科教授兼工科大学長に就任した。土木局の業績としては特に横浜港に日本最初の大船の繋船壁を設計し完成させた方です。

Re: 東京・文京区(東京大学)の銅像/三好晋六郎 飯坂陽治

2019/12/31 (Tue) 09:42:22

(旧ギャラリー掲載済)
場所:文京区本郷7-3-1 東京大学工学部5号館
彫刻:武石弘三郎
設置:1914年(大正3年)
  三好晋六郎(1857~1910)は現・東京千代田区の出身で、工部大学校(現・東京大学工学部)を卒業後、渡欧して英国のグラスゴー・ロバート造船所とグラスゴー大学で造船学、船舶機関学を修めて帰国。工部大学校で造船学を担当し、明治期の日本の造船技術確立と技術教育に尽力された方です。

Re: 東京・文京区(東京大学)の銅像/チャールズ・ウェスト 飯坂陽治

2019/12/31 (Tue) 09:40:48

(旧ギャラリー掲載済)
場所:文京区本郷7-3-1 東京大学工学部中庭
彫刻:沼田一雅
  チャールズ・ウェスト(Charles D West:1847~1908)はアイルランド人で、ダブリン大学で機械工学を学び、英国のベルケンヘット製鉄所で造船学を習得し来日。工部大学校(現・東京大学工学部)で土木工学科教授として機械工学と造船学を教えた方です。


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